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子どもにプログラミングを学ばせるべき6つの理由

2016年1月5日 by dolce

kodomo_pro非常に価値ある一冊である。ただ刊行数だけ増やせばよいというクズ本とは違う。

ICTの普及に伴い、プログラミングの必要性という考えはわかりやすいですが、プログラマーを増やそうという意図は別としても、教育でプログラミングの経験をするということは大いに意義のあることと思います。

数学では論理的思考力を養うという目的もありますが、プログラミングの学習を導入することは、より論理的思考を高めるのに役立ちます。

イギリスではすでに義務教育化(5-16才)を決めており、アメリカも導入に積極的です。
日本でも文部科学省が積極的な態度に出ています。

私がプログラミング教育に賛成するのは、こうしたブログを読んでも感じるのですが、あまりにも論理的でない文章が多いと思うからです。
論理的でない文章が多いということは、書く人の思考が論理的でないということです。

プログラムは「何をどうする」という文章とも考えられます。
だから、プログラムに用いるシンボル(記号)の集まりを「言語」というのでしょうが、このプログラム言語は人の話す言語に比べてはるかに厳格です。


逆に人の会話となると、いい加減な表現、矛盾した表現に多く接します。
論理的な表現が苦手だから、文学部へという考えがありますが、文系だから論理矛盾があってよいということはありません。

その点で、文系の入試に数学がないという学部が非難されたことがあります。

私が「おかしい」と感じる文章に多く出てくる表現としては「集合の概念の欠落」があります。

実際のプログラミングでは、まずは、始めに「宣言」を必要とします。
例えば”a”という変数を使いたいときには、それは整数なのか、実数なのか、文字なのかと言った宣言をします。

だから、プログラマーは「この変数はどういう変数か」ということを気にします。
これは文章を書くとき、用いる単語の意味を曖昧にしないということに通じます。

実際の文章に当たるとき、こういうことが実にいい加減と感じることは多い。

例えば「学力」という単語はよく出てきますが、書いている本人が学力をどういう意味で使っているのかが不明。
「学力」を誰もが納得する形で定義することは難しいことですが、だからと言って自分の書く文章の単語を不明にしてよいということはありません。

大切なのは「単語の意味を自分なりに定義して」次の展開に進むということです。

5W1Hにしても同様です。

どこで見た話なのか?
いつのことなのか?
等々はっきりしないことには、それこそ「便所の落書き」レベル文章になってしまいます。

もちろん、自明のことは省略可です。

プログラムは「矛盾」があると、通過しません。
これは「主義主張が一貫しているか」につながります。

まだまだ、指摘すべきことはありますが、プログラミングは子どもにだけ必要ではなく、教師にこそ必要とも思います。

文部科学省の号令とともに、教員も学んだらどうかと思います。
そうすると、教員も子どもも同じスタートに並ぶことになりますが、時代は教員だから子どもより知恵が上という時代でもないと思います。


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