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心のときめきと学習効果

2017年2月8日 by dolce

私は子どもの頃から模型が好きで、親にキットをねだってよく買ってもらったものだ。
「私は」と言ったが、男の子はみなそうだったのではないだろうか⁉︎
裏の小川で初めてナマズを見たとき、魚のくせにその奇妙な姿に興味をもってうちに持って帰って水槽に入れていつまでもながめていたものだ。
そこへ猫がやってきて、ひたいにしわを寄せて、チョイチョイ手を出す。
そんな日々を過ごして大人になっていった。
大人たちはそんなところを見て、何も言わなかったというより子どもの世界に入ってくることはなかった。
「勉強せよ」とも言わなかった。
そんな生活の中で、創造力も養われて言った。

ところが、いらんことに口を出す大人が出てきて、子どもの世界をぶち壊し、すべてをおもしろくなくぶち壊した。
車がまだ珍しいころは、たまに車がやってくると、こどもたちは遊びをやめて走り寄っていった。

特に「 勉強」などと言わなくても自然に車のことなどおぼえて言った。

学び合わなくても自ら学んだ。

それを「子どもの知恵がついたのは、オレの指導のせいだ」とかいうアタマのイカれた大人が出てきた。
子どもが利口になったのは、お前のせいじゃない❓


1件のコメント »

  1. tsuguo-kodera より:

     私のことを書いた、または私が書いた記事のようです。
     そういえば、家の子供二人は奈良育ち。だからこの文章の環境に近かった。蛇は何匹も、20匹以上、田んぼの畔のたけざおの山に隠れていた。田んぼの小川に金魚。駐車場のわきのどぶにはザリガニ。雨が降ると駐車場に出てきて、幼稚園にまだ行っていない幼子も捕まえられた。法隆寺の参道は鬼ごっこの道。その生活が彼と彼女の今を創ったのでしょう。

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