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10月, 2015

  1. 指揮者は何をする人ぞ?

    10月 30, 2015 by dolce

    指揮者は年寄りが多い

    オーケストラや吹奏楽、合唱など大勢で演奏する形態では指揮者が存在する。
    しかし、この指揮者は一体何をするんだと、わからない人が意外に多いと感じる。

    特に年配の指揮者が活躍することも多い。
    と言うより、高年齢の人が一番活躍している職業と言えるかも知れない。

    指揮者の話に及んだ時、驚いたのは、指揮者は長年の功績で「年の功」でやらせてもらっているのだ、と思っている人に会ったことだ。
    日頃、クラシックに馴染みのない人の言葉なら、特に驚きもしなかったのだが、それが音楽の先生だったから驚きが大きかったのだ。

    指揮者はなぜ年寄りが多いのか?
    それは音楽芸術を追求していくと、指揮者としての技量が最高に達していくのに年を経てしまうということだ。
    人間としての完成度は死の間際が頂点だからと言ってもよい。
    山は登ると下りがあるが、指揮者という山は永遠に登り続ける。
    存命中の最高齢の指揮者は98歳アントン・コッポラだそうだ。

    指揮者になるには

    当然、音楽は勉強しなければならない。それだけではなく、それこそ学校で言う9教科をマスターするほどの博学でなければならないだろう。
    スポーツマンでもなければならないが、いわゆる運動オンチだとリズム感が悪く、オーケストラもそのような音になってしまう。
    私が特に印象強く感じた指揮者として、スイス・ロマンド管弦楽団を創設したエルネスト・アンセルメがいる。
    バレエ音楽の神様とも言われた人で、数学者から指揮者に転向した人である。
    チャイコフスキーのバレエ音楽、白鳥の湖、くるみ割り人形、眠りの森の美女、ストラヴィンスキーのペトルーシュカなどLONDON DECAの録音でよく聴いた。
    リズム感が特別なものを感じた。指揮者の身体から出るリズム感がオーケストラに乗り移るのだろう。

    指揮者は大勢の演奏者を統率するスーパーリーダーであり、相当な博学であったとしても、人格で100名の演奏者を惹きつけるほどのオーラが必要である。
    ここは理屈ではない部分がある。だから、音大に行って指揮科で学んだとしても、将来指揮者になれるかどうかはわからない。
    このことは、相手が大人だけでなく、小中高の子どもでも同じである。
    時に、小学生のすばらしい合唱を聴くことがあるが、それは指揮の先生の指揮のテクニックだけでなく、先生そのものの人格が子どもたちを惹きつけているからである。

    ある音楽の行事の時、偶然隣にプロの指揮者がいて話をした。彼は「指揮者ってよくもって、2年ですよ」と言った。
    続いて「あるオーケストラに招かれて行くと、初対面でも半分は好感を持ってくれても、後の半分は反感を持っている。反感を持っている連中は、指揮者のアラ探しを始める。そうすると、それに耐えられるのはせいぜい2年ぐらいなのですよ」と言ったのである。

    「誰からも好かれる」というのは言葉では簡単に言えるが、現実にそうなるのは容易ではない。
    だから、苦労して何年も耐えて人格的にも完成に近づいて「誰からも・・・」となるのがずいぶんの年齢になってからかも知れない。

    歴史的に、名指揮者と言われる人たちは個性的である。個性的だがメンバーからは絶大な支持を得るのである。
    また、個性的でなければ音楽に魅力もない。
    日本のメーカーがどこから言われても文句のつけようがない製品をつくっても、世界一流となりえないところに似ているような気がする。

    私の大したこともない音楽歴の中で、歴史的名指揮者挙げてみると、まずはブルーノ・ワルター。

    彼はユダヤ人であったため、戦火をを逃れてアメリカへ渡った。
    高齢で健康状態に不安があったため、引退を表明した。
    ところが、レコード会社がぜひワルターの芸術として録音を残したいと思い、依頼に行ったところ、彼は健康状態を理由に断った。
    それならということで、レコード会社は、ワルターの居住地にオーケストラを結成して録音に臨んだ。
    時にワルターは83歳であった。

    ヘルベルト・フォン・カラヤンはクラシックフアンならずとも、よく知られた指揮者である。
    「指揮者はせいぜい2年」と言った指揮者のように、オーケストラとはまあまあの関係であったとしても、長年続けると「飽きられる」ということもあって、そんなに長く続かないものである。だから、契約は年数を区切って、悪かったら契約打ち切り、よければまた2年ぐらい続けようかとなる。
    ところが、カラヤンは世界で1,2位の人気を争う、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団から、終身指揮者の称号をもらったのである。

    私はそのベルリン・フィルの首席クラリネット奏者の、カール・ライスターと偶然にも一緒に寿司を食べたことがある。
    そこで、カラヤンのことを聞いてみた。
    それは、もう神様というほどの扱いであった。

    名指揮者は最高の先生

    私は音楽に携わるようになってから、こう思うようになった。
    スポーツなどの監督と指揮者が異なるのは、演奏で演奏者と同じ舞台に上がることである。

    ステージでは大人も子どももない。
    指揮者の心中はたちまち演奏者に伝わってしまう。ごまかしがきかない。
    指揮者が少しでも不安な気持ちになると、演奏者も不安になり縮んだ演奏になる。

    特に、協奏曲となると、どこでどう出るのか演奏者は指揮者が頼りである。

    コンクールでは、先生は今日どうだったかという心の中を子どもたちは知っている。
    言葉はいらない。いい指揮をすれば何も言わなくても、子どもたちはついてくるようになる。
    きれいごとを言っても、弁解しても通用しない世界がある。

    だからこそ、やりがいを感じる世界でもある。


  2. 苦労と言えば〜その2

    10月 29, 2015 by dolce

    演奏する曲がない

    吹奏楽の悩みは演奏する曲の選択ではないでしょうか?
    吹奏楽という演奏形態の得意な曲は、マーチ(行進曲)であって、これは野外ににおいて行事で演奏すると効果的です。
    ところが、コンサートで演奏するという曲の選定を考えると、歴史的な大作曲家の曲がないということで、音楽的な追究を考えると、不満を感じる先生が多いのではと思います。
    それで、クラシックの編曲ということになりますが、中には効果的な曲もありますが、オーケストラの真似ではどうにもということがあります。

    別な言い方をすれば、ドイツの三大Bと言われる、バッハ、ベートーヴェン、ブラームスやモーツアルトなどの大作曲家は吹奏楽のための曲を作っていません。
    (メンデルスゾーンが唯一「吹奏楽のための序曲」という曲を作っていますが)

    歴史的な大作曲家の作品を演奏するということは、子どもたちに深い感銘を与えます。
    まさに音楽の力というものを感じさせるわけです。

    そこで、先輩たちは悩んだあげくオーケストラに変えていくという選択をしたわけです。
    実際、吹奏楽でベートーヴェンを演奏する吹奏楽団は少ないのではないでしょうか?

    ベートーヴェンに挑戦する

    私の勤めている中学校へN氏という音大卒の人がやって来るようになりました。
    N氏は始め私の練習を見てバカにしていましたが、そのうち吹奏楽でベートーヴェンをやろうという提案をしてきました。
    私は断りましたが、あまり強く言うので、練習のつもりでやってみようと思いました。

    3年生が卒業したあとの春休みに、N氏の編曲したベートーヴェンのピアノ協奏曲第三番を練習しました。
    ピアニストは、桐朋学園大学ピアノ科4年生を、呼んでくれた人がいました。

    さすがピアノ科です。
    生徒たちは、日頃聴いたことのないピアノの音に衝撃を受けました。

    「君たち、こんなに素晴らしいピアノを弾いてもらえるんだから、酷い音を出すと、断られてしまうよ」

    と言ったら、生徒たちは本当に真剣になりました。
    4月になって、生徒たちは新学期を迎え学年が一つずつ上がり、2年と3年になりましたが、なにしろ楽器を持って1年と2年ですから無理と感じましたが、とにかくやってみました。

    その記録が残っていました。

    この経験で、生徒たちの音楽レベルはずいぶん上がりました。
    ピアノを弾いてくれたお姉さんの影響は大なるものがありましたが、ベートーヴェンの力はすごいと感じました。

    それに、協奏曲はソリストとオーケストラ(この場合は吹奏楽)のなかだちをする指揮をしなければなりませんから、指揮者はごまかせません。
    ピアニストは指揮者に自分の意向を伝えるし、生徒たちは先生の指揮が頼りで、出を待っています。

    そういう意味では、先生も指揮の勉強になります。


  3. 苦労と言えば〜その1

    10月 28, 2015 by dolce

    中学時代、吹奏楽部員は全員男子

    私は中学校時代から、吹奏楽に入って活動していた。
    今の時代、吹奏楽部と言えば女子が多いが、私の時代は全員男子だった。
    高校では、女子部員が数人いた。

    大学ではかなり女子部員は増えたが、それでも70〜80人中15人ぐらいだった。
    コンクールでは全国大会出場は伝統的に、当たり前という雰囲気で、合宿も10日ぐらいやっていた。
    みんな燃えていて、卒業すると多くの者が中学校の先生になり、吹奏楽の顧問になった。

    大学でのライバルは教員になってからもライバル

    大学時代、全国大会に出て行くと、常連の大学のメンバーがライバルが登場してくる。
    卒業すると、ここでそういう関係も切れると思いきや、今度は中学校の先生としてのライバルになる。
    吹奏楽でライバルと言えば、音楽のライバルかと言えば、そうでもない。
    もちろん、音楽でもライバルには違いないが、生活指導においてもライバルなのだ。

    代表になって上の大会に行くほど、生徒の態度もよくなってくる。
    それは、生活指導をやっている効果ではない。
    改まって生活指導ということはやらない。
    演奏のレベルが上がってくると、同時に生活態度がよくなるのだ。
    自分勝手なことをやっていては、レベルの高い演奏はできないからだ。
    演奏レベルが上がると、必然的に態度がよくなる。

    先生として負けるものかという気持ちは、生徒たちから「私たちの学校、先生の指揮がダメだから勝てない」と言われてはならない。

    吹奏楽は生徒も先生も一体となってプレーをするところが、他の競技と違うところだ。
    コンクールに出る学校の先生は、自費を使っても、楽器や指揮の勉強に出かけた。

    もちろん、学校の先生としての教科の指導やその他の仕事も、部活に夢中だから手を抜いていると言われてはならない。
    たいてい、吹奏楽部は運動部も呆れるほど練習時間が長い。
    しかし、忙しい先生は仕事も手抜かりなくやるし、練習に時間がたくさん割かれる生徒も、よく勉強をする。
    大会が8月28日にあった時は、生徒はバスの中にも宿題を持ってきた。
    私が一番遅くまでコンクールに関わったのは1月15日だった。それで、勉強に差し支えると言った生徒もいなかったし、苦情を言う保護者もいなかった。

    吹奏楽の限界

    先輩たちが研究会を作って、私も仲間に入れてもらったのだが、研究会は自主的な会なので、開催はもちろん休日だった。
    ここで、先輩たちは悩むようになった。
    それは、音楽を追求していくと、吹奏楽というジャンルだけの限界を感じるようになったのだ。
    そこで、先輩たちはオーケストラを作るようになった。

    私の場合は、ちょっと変わっていて、自分ではオーケストラは作らなかったが、演奏者としてオーケストラから声がかかったのだ。
    今日の話では、ここに至るまでずいぶん苦労があったのだが、それは運動部など率いている先生たちも同じだと思う。
    そして、苦労は当事者しかわからないと思う。

    だから、自分はほとんど何もせず、口だけ出すという人は嫌いである。

    要領が悪いので、駄文の長文になってしまった。
    自分としての苦労は次回「その2」として書くことにする。


  4. あなたのお子さん大丈夫ですか?

    10月 27, 2015 by dolce

    育て方は自由だが

    「子どもに人権はない」と主張して、頑として譲らない人がいる。
    こういう人は問題外として、人は生まれると人として民法の適用を受ける。
    自分の子どもだからどうしようと勝手だというのは、無知である。

    育て方は自由だが、我が子の発育の進度は「並」だろうかとどのくらいの親が関心を持っているのだろうか?
    恐らく、初めての子どもに対しては、親は気がかりだろう。

    自分に近い人に子育ての経験を聞いたりして、不安を解消しているのではないか。
    かなりの年まで幼児語だったり、ミルクをねだったりしていては心配になるだろう。

    知人の一人が「うちの娘、困っちゃう、子どもっぽくて」と言っていた。
    実際、その子どもに会ってみると、高校生なのにまるで小学生という感じだった。
    姿、形がというのではない。雰囲気がである。何かポッと抜けたようであり、話の内容がひどく子どもっぽい。

    なぜだろうと思ったら、親自身が子どもっぽい。ひどく世間知らずでもあった。
    恐らく子どもっぽい親との生活で、子どもっぽく育ってしまったのだろう。
    現在どういう生活をしているのかはわからない。

    「人並み」という言葉がある。
    息子の新婚旅行に、同行したという母親がいたという話には驚いたが、人並みから外れているのだろう。
    大学入試に付き添って、顔をハンカチで拭いてやっている母親がいたそうだが、そんなことをさせている息子も息子だ。

    そんな風でも、他人は「ふーん」と言って、特に世話をやくこともない。
    果たして、どのように育っていくのだろう?

    教育の専門家の育て方

    ここで言う、教育の専門家とは学校の先生のことである。
    「学校の先生なら子育てはうまいだろう」と言えば嫌味に聞こえるかも知れないが、こういう生活はどうだろう。

    朝起きると、息子にチューをしてやる。
    勤めから帰ると、お出迎えの息子にチューをしてやる。
    そして一緒に風呂に入る。
    夕食では、息子は膝の上に乗ってアイスクリームを食べるのが好きである。
    お休み前には、またチューしてやる。

    ある日、息子がなかなか宿題にとりかからないので、どうしたんだと言うと「甘えたい」という。
    それで、チューしてやったら、満足して部屋に行ってとりかかった。

    さて、この先生の家庭の生活はどうだろう?
    別に、普通じゃない?そういう家庭もあるでしょうね。と思う人が普通だろうか?

    私もそう思った。ちょっと「チュー」の多い家庭だなとは思ったが。

    ところで、この子どもの年齢は何歳だろう?

    ここで、私は驚いたのである。中3と聞いて。

    驚く私がズレているのだろうか?

    親は大学の先生だそうだ。

    果たして、子どもはどう育つだろうか?


  5. 互いに苦労しないとコミュニケーションは深まらない

    10月 26, 2015 by dolce

    いかにしてコミュニケーションは深まるのか

    人はただ一緒にいるというだけでは「知っている」という関係はできても、絆の深まるようなコミュニケーションはできないと思う。
    ではどうすると、コミュニケーションは深まるのか?
    それは、ともに苦労した長さや苦労の深さだと思う。

    伯父は戦争中中国に出兵していて、危うくシベリア送りになるところを免れて帰国した。
    関東軍が敗退する中、ともに銃弾の中を潜りぬけ、民家や山中に隠れたりして逃げ帰った。

    その時、一緒にいた人とは始めは赤の他人だったが、互いに励まし合い助け合いして、死の間際を経験し返ってきた。
    私が幼い頃、時々訪ねてくる人がその人だった。

    そのころは、何の用事で来るのかわからない人だったが、年を経てその意味がわかってきた。
    伯父は訪ねてきた人と、特に多くを話すのではなかったが、再会した嬉しさの空気に浸っていたような気がする。

    何を食って、何を飲んで耐えてきたのかは本人たちしかわからない。
    恐らく他人には話し難い経験をしてきたことだろう。

    平和時の苦労とは?

    現在の平和ボケとも言われる時代に、ともにする苦労とはどんなものがあるのだろうか?
    教室内でも子どもにとっては戦場のようなところがあるだろうが、どのくらい必死になれるのか。
    どのくらい、ともに苦労する関係があるのか疑問。
    よく言われる「コップの中」ではないか?

    「ウチの子があんなに真剣に取り組む姿を見たことがない」

    と保護者に言わせるほどの頑張りには、それなりの力量を持った指導者が必要であると思う。
    今回、多くの人々を感動させたラグビーの指導者、エディ・ジョーンズのような。

    無能な指導者は、頑張れと言うか怒鳴るしかない。


  6. 修行時代

    10月 25, 2015 by dolce

    修行のよき時代

    1.受験勉強では得られないもの

    大学に入学後、授業が始まってからは高校までの生活とはガラッと変わった。syora
    受験勉強から開放されて、レジャーランドを楽しんだという話ではない。

    電気回路の実習の時、私とS君はプレッシャーがかかっていた。
    私は高校の普通科出身であったが、S君は高校の電気科出身だった。
    そのため、S君は大学入試こそ苦労したらしいが、入学してからは電気の実習などはお手のものだった。

    私はといえば、小学生の時から独学だったが、唯一私の教科書と言えるのが写真の「初歩のラジオ」だった。

    この雑誌との出会いは、友人の家に遊びに行った時、手製の本立のいくつかに、この本がぎっしりと並んでいた時だ。
    私は、その中の一冊を取り出してパラパラとめくると、中身に夢中になってしまった。
    友人の家では、兄が買っていたのだ。
    何回も繰り返し読んだらしく、雑誌は痛んでいた。
    友人の兄は、ずいぶん年上の人だったので、もう用済みの本という感じであった。

    私は何冊も借りてきて、家で夢中になって読んだ。
    読めば当然、実践したくなる。
    それで、くる日もくる日も配線のためのハンダ付けが始まった。

    かくして、この生活は大学入学当時、いやその後も続いた。
    というわけで、S君は専門教育を受けて、技術を身につけたのだが、私は独学だった。

    こんな、経験を経てきているのだから、大学でのハンダ付けは何のそのという感じだった。
    ハンダ付けそのものは面白いものではないが、回路を組み立てるという目的のために、相当の年数を経て繰り返してやったことなので、初めて経験するものとは違う。

    何が違うかと言えば、かたや、おっかなびっくりに対し、自信ありげに取り組む者との違いだ。
    自信ありげはハッタリではなく、もうハンダ付け後の光り具合だけで「これはよし」と自信が持てるのだ。
    これは一種の職人芸のようなものではないか?

    今の子どもたちは、模型やラジコンも始めから完成したものでなければ、興味を示さないという。
    だから、親は完成品を買ってやる。

    私たちのころは、製作の過程に興味を持った。
    その違いといえば、くる日もくる日も続けた、ハンダ付け作業のような修行時代がなくなったのではないかと思う。
    そのせいか、口だけで簡単にできるように言う
    実際は一箇所の端子をつなぐだけで、相当な苦労をすることもあるが、そういう苦労は語らないというより、語れないという時代になったような気がする。

    2.軽薄な時代

    軽薄な時代とは修行のない時代だと思う。
    家を作ったと言っても、自分で作った時代ではない。他人、つまりプロの建設業者が作ったものを、自分で作ったと言っているだけだ。
    ドイツ人は夫婦で、自分たちの家を作るということが珍しくないという。
    日本もドイツも昔から製造業は有名だが、両者の風土には違いがある。

    軽薄な時代を過ごしてくると、考えも軽薄になるような気がする。

    3.先生が軽薄になるのは残念なことである

    だから、学校の先生は製造業とかサービス業など、実際の仕事を経てくるのがいいと思う。
    それが、同じ言葉を使っても、子どもに伝わる重みが違うのではないかと思うのである。

    「そんなに言うなら、自分でやってみろ」

    をいつも心の中に秘めておきたいと思うのである。


  7. 先生! ハイレゾって何ですか?

    10月 24, 2015 by dolce

    hairezoこのように、子どもから質問されたら、どのように答えますか?

    「ハイレゾ」は女性のファッションのような流行ではありません。

    私が驚いたのは、放送大学の大学院、情報学の単位認定試験に出題されたことです。
    試験に備えて、教科書を丹念に復習していきました。
    ところが、教科書や授業に出てきた用語などを説明する問題は一切出ませんでした。

    問題の形式は論文形式で字数の制限もありました。
    論文形式なら楽かと思うと、とんでもないことです。

    教科書や授業で学んだことを下地にして、自ら発展して学んだことがなければ答えられないのです。
    つまり、一夜漬けでの勉強は通用しないのです。

    授業ではハイレゾという言葉は全く出てきませんでした。
    しかし、授業内容と自らの発展学習をすれば、ハイレゾは延長上にあるのです。

    最近はハイレゾのロゴの入った音響製品が多くなってきました。
    そういうものを見ていると、流行りと思う人がいるかも知れません。
    ハイレゾは流行りではなく、今日の技術の延長上から応用された製品なのです。

    大学院の先生になると、世間から隔絶された環境でマイペースの勉強をしている人というイメージもあるかも知れません。
    文字通り「最先端」の情報を知っているわけです。
    (もっとも、隔絶された研究室で、日本中がわかるはずがないのに、勝手に「最先端」と言っている先生もいますが)

    子どもに「先生! ハイレゾって何ですか?」と聞かれた時、鮮やかに答えたら「さすが、先生」と思うかも知れません。


  8. 東芝、ソニーに事業売却〜伝統ある企業の今後

    10月 24, 2015 by dolce

    大企業の相次ぐ不祥事に、このところうんざり。
    不祥事の影響か、東芝は画像用半導体事業を200億円で売却するという話が出ている。
    創業の精神はいったいどうなったのか?
    東芝は138年間の歴史を持つ、日本人の誇りとする企業でもある。

    創業の精神が「飽くなき探求心と熱い情熱」ということだが、PANASONICが松下幸之助氏のもとでナショナルのブランドで電球のソケットを作り、東芝は電球を作っていた。
    ともに、日本を牽引し、家庭を明るく照らしてきた企業だ。
    今の役員たちは、創業者の精神を引き継いでいるのか?

    学校では道徳教育が本格的に始まろうとしている。
    道徳教育が必要なのは、子どもではなく大人ではないのか?

    一夜にして、138年の信用に傷をつけてしまったことに、どのくらいの心の痛みを感じているのか?
    それこそ「ご先祖様に申し訳ない」である。

    すばらしい工業製品を作り出している現場と、役員の精神とはどうも相容れないものがあると感じるのは、私だけだろうか?


  9. 5W1Hを要求すると怒る人

    10月 23, 2015 by dolce

    ずばり、虚言癖を持つ人らしい。
    重症の人は、自分が嘘を言っているという認識がないので厄介と言われている。
    そのレベルまでいかない人は、承知で嘘を言っているので、話の信憑性について問い出すと、答えに困って怒り出したりする。

    「5W1Hを要求すると怒る人」とは心理学上の知識であるが、嘘を言う人というのは他にも態度に現れるらしい。
    例えば、人は嘘をついている時は、右斜め上を見る。正面を見ない。笑える時、目が笑っていない。まばたきが多い。視線が定まらない。
    などである。

    ネット上では態度は見られないが、何かやましい心がある人は、自分のプロフィールを公開しないと言うから、そこを確認するのもいいだろう。
    ビジネスをするなら、自分のプロフィールを公開するのは当たり前だが、そうでなくても信頼を得るなら、プロフィールを出すべきだろう。

    もっとも、教師ならいずれわかってしまうだろう。
    しかし、偽教師なら公開できないだろう。

    予想どおりに不合理: 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)


  10. 就活は臭勝で行こう〜現役も臭勝

    10月 22, 2015 by dolce

    どこかのキャッチコピーみたいだが、実際「臭勝」を検索するとかなりヒットする。
    人に不快な印象を与えることで、臭いは特に注意しまければならないと思う。

    それは「あなたクサイ」とは、なかなか他人は言ってくれない。
    かつ、自分の臭いはわからないからだ。
    もし、自分で自分のクサイ匂いがわかったら、それは相当なものだと思わなければならない。
    なぜ嫌われたのだろうと、わからない場合は、もしかしたら臭いのせいかも知れない。

    他人の家を訪問すると、その家独特の臭いがする場合がある。
    苦にならない臭いもあるが、自分が苦にならないからと言って、他人もそうだとは限らない。

    私の家も時々来客があるので、以前は部屋の香水を置いていた。
    しかし、案外早くなくなってしまうのと、臭いを吸収しているのではなく、混ぜているのではとも思い、3年前から本格的な空気清浄機を置くことにした。
    除湿、加湿も併せた強力なものだ。

    以前、来客で靴下が相当臭う人がいた。
    部屋中臭ったのでかなりのものだったが、本人は全く感知しない様子だった。
    何日も洗っていない靴下だったかも知れない。

    ■人格の臭いも注意

    それまで和やかだった部屋が、ある人物が入ってくると、急に冷めたようになってしまうのは人格の臭いだろう。
    監査人や地検の特捜部が入ってくれば、そうなるだろうが、そうでもなければ何か一癖ある人物かも知れない。

    逆な人もいる。
    部屋に入ってくると、場が明るくなる人はいい。まさに職場の華だ。

    女子で職場の華と言われるのは、美人とは限らない。

    就活の話題の機会に、現役も、嫌な臭いを発していないか身も心も気をつけるようにしたい。