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‘教育’ Category

  1. 頭がおかしいと自覚しているお前に問う

    3月 19, 2017 by dolce

    お前が主張していることが、お前はなぜわかるのだ❓

    神のお告げがあったのか?


  2. とかく、裏付けに乏しい話をする異常性格者

    3月 19, 2017 by dolce

    裁判は真相を明らかにするものである。

    そのため、伝聞に基づく話は証言として有効性はない。つまり 伝聞は証拠能力はなく、排除されるものである。

    国会では証言の間違いを正すことはできず。あえて訂正しようとすれば「偽証罪」に問われる。

    ところが、異常性格者の場合は、この偽証が多い。

    にもかかわらず、本人は偽証にも関わらず、自分の発言(偽証)に対しては極めて寛大であるという特徴がある。

    正しいものの言い方をする人は、この点が自己に厳しく、間違った自己の発言に対してはチエックが厳しい。

    このことは、大人に限らず子どもにも言えることである。だから、これは指導のポイントとも言えるものだが、簡単に偽証する者は信頼が薄いというか、信用するにはあたらない。

    だから、話題の中核部分は徹底して真偽の追及をすべきである。


  3. 性格異常者の話はとかく抽象的

    3月 18, 2017 by dolce

    話の原点が「 妄想」だからだ。

    はっきりした映像が浮かばないから、とも言える。

    もとより証拠を示すことなどは無理なのだ。

    別の言い方をすれば 、夢の中のできごとを語ろうとするような もの。

    今朝の みそ汁の具は何だったか言えないようなもの。


  4. この日本において、誰も学校に行かなければならないとされている決まりはない

    3月 16, 2017 by dolce

    そう思い込んでいる人がいるだけだ。

    頭がくるっているか、大いなる勘違いだ。

    どうしても、そう思わざるを得ない人はその決まりか条文を示してもらいたい。

    こういう人がいると思うと、日本は次第に壊れていると考えざるを得ない。


  5. 「言いたい放題 の多い」異常性格者

    3月 14, 2017 by dolce

    くれぐれもご注意。

    何よりも「発言の裏付け」がない。

    普通人なら法廷闘争もありうるが、精神鑑定で「普通でない」と判定されたら、すべては無罪となってしまう。

    たとえ殺人事件でも。

    だから、鉄格子が必要なのだろう。

    市内にも精神科はある。

    院長先生が訴えられたことがあるそうだ(控訴妄想→統合失調症→100人に1人の確率)。


  6. あなたの作文に、子どもが登場するとき

    3月 13, 2017 by dolce

    あなたは、それらの子どもを「いつ」「どこで」見たのか、「その証明の方法」を示すことであなたの頭の正常性の見当がつく。

    「いじめ」が話題になる時、この「判定結果」で加害者かどうかの判定ができると言えよう。

    さあ 、あなたの先生の程度は?


  7. まさか「伝聞」の意味を知らない教師はいないと思うが

    3月 13, 2017 by dolce

    もし、いたらそれこそ脳が変だと思う。

    今からwebで調べてわかること。

    それすら知らないのは「脳」が固まってしまっている証拠だろう。

    戦後、直後教科書を墨で塗りつぶしたように、伝聞で真っ黒になるような作文を書く人は要注意です。


  8. 狂ったページの特徴

    3月 11, 2017 by dolce

    先日 、Eテレで精神的な障害者による地域再生という番組があった。

    出演者はみな「おかしい人」たちであった。

    その人たちは、それぞれ自分のおかしいというところを自覚していて、一人一人が発表する時間が設けられていて、おかしいところを恥じることなく「統合失調者 の○○です」と堂々と発表していた。

    私が特に印象に残ったのは、全員が他人を攻撃することも、嫌味を言うこともなく、嫉妬することもなく、明るいと言うことであった。

    このため、一般の人たちともコミュニケーションが順調であった。

    この番組は、第2部が報道されるそうなので精神的障害者の社会進出をどう考えるかということで参考になると思う。

    医者も同行していたが、俗に言う「狂った」をプラスに考えるべきで、このおかしな人たちの特徴は何と言っても「 妄想」にあると言われる。

    その証拠に「おかしな人たち」は自分は見ていないこと、経験していないことを、あたかも、見て来たように語る、つまり「伝聞」が多いことである。もちろん伝聞は証拠にはならない。

    いかに伝聞が多いかは、文章を見るとわかる。


  9. ブログ村における狂ったページ

    3月 10, 2017 by dolce

    内容はなくても 、好奇心でみるひとは多いかも知れない。

    でもこれが必要悪の1つと言えよう。


  10. 必要悪

    3月 8, 2017 by dolce

    ブログ村は必要悪ではないか❓

    この意味がわからない人は、 よほど鈍感なのだろう。

    ブログの記述者の中には教員もいるだろう。

    そういう人たちは教育委員会や校長にとってはめいわくな存在だろう。

    しかし、めいわくであっても、そう簡単には排除できない。

    世話をやけば、それこそ「倍返し」もあるかも知れない。

    あること、ないことを書けば、妄想とわかっていても何らかのてをうつこともできない。

    かつて 、迷惑をかけて管理者から処分された者もいる。

    しばらくはおとなしくしていても 、我慢できず、今度は猫をかぶって登場か、でもメッキは剥がれる。本来の自分をいつまで隠せるか?すでに「いい人」を演じても  バレバレの人もいるが。

    迷惑でも、空想や妄想を語ることで 、害が広がらなければ、ぶろぐ村はかっこうの必要悪